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これからの住まいがめざすこととは何か
自然と一体になる魅力とは何か
こんなことを山やまちの仲間と
「手考足思」するひとつの試みが
欅の木に抱かれたこの小さな庵である


東京・神楽坂のアユミギャラリーでは、2001年5月25日から5月30日にかけて「森から住宅を考える」という展覧会が行われた。紀州の山長商店、宮城県のくりこま杉協同組合、埼玉の千葉工務店、横浜の高棟建設工業の共催で行われた本展では、テーマに沿ったギャラリー展示や講演会の他、アユミギャラリーの中庭に突如、方丈の庵が出現することにもなった。

この庵は後日、欅游庵(KYOYUAN)と名付けられた。文字通り、欅の下で遊ぶ庵だからである。
山長商店の構造材にくりこま杉協同組合の板材を落とし込んでつくったシンプルなもので、欅の葉っぱが屋根代わりという素朴な木箱である。欅の幹の形状にあわせて高床の板をくりぬき、さらに四方に伸びる六つの枝を実測し、その枝にあわせて開口部があけられた。枝を傷つけることは一切なかったのである。

欅游庵を組み立てた日はあいにくの雨模様だったが、作業員5名でデッキをつくるのに半日、庵を組み立てるのに半日を要した。
                                         (鈴木 喜一)
欅游庵1号
神楽坂・アユミギャラリー・ガーデン    写真=畑 亮
原設計=鈴木喜一
施工=千葉工務店+高棟建設工業

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ゆらゆら 揺れる
欅の葉が 空に消えるあたり
雲は ひどくしずかだ

      万丈の 庵のなかで
     沈黙の夜を 過ごせば
     わずかに 雨のしたたり
     少年の ころの夢 思い浮かべる
住む 場所に
ほんとうは 何もいらない
木陰で すやすや
布に包んだ お弁当箱の空箱を
枝にぶらさげる 昼下がり
      僕らの先祖がお嬢さん
      木の枝にぶらさがり
      よろめく人を 眺めよう
      うらぶれた風景を
      笑ってしまおう

見るかぎり
弱日さす Rainy Day Sunny Day
あじさいが咲く
はつ夏の ひとり遊び
揺れて 傾く こころ
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++ 木と遊ぶことから森と家を考えよう
++

日本の森を訪ね歩く
ここしばらく、折に触れて、山の心地よい風を受けながら考えている。

紀州の山へ、宮城県栗駒山へ、埼玉の飯能へ、北海道旭川へ、静岡県天竜へと‥再生されるはずの様々な日本の森を訪ね歩き、木を見て触り、その下で生活する楽しさを体感する、そんな旅を始めたのである。「森から住宅を考える」という展覧会をアユミギャラリーで企画したのは、そんな矢先のことだった。これからの住まいが目指すこととは何か。自然と一体になる魅力とは何かということを仲間たちと一緒に「手考足思」する試みなのである。

山とまちがもっと密接につながればいい。都市の中の自然を見直す必要がある。
木と親しみ、木に学ぶ森林教室をもっと広めよう。壊してはつくるという時代はすでに終わった。壊さないという基本態度、さらにそれを再生するという行為が重要ではないか。山と職人と設計者と生活者の複合的な視点と、ネットワークがいまこそ重要である。地場の木の骨太な家が、もっといい形で循環してほしい‥という様々な思いがあったからである。

何かが狂っている
ある日、新木場に行ってびっくりした。そこには日本の国産材が全く見られないのである。
約80%を外国材に頼っている現状の日本。木場には木の香りはなく、北米材の防腐剤と防カビ剤の臭いが充満していた。
いくら安価とはいえ、これだけの大量の材木を海外から輸入することによって、何が狂ってくるのか、排他的な意味合いで言うつもりはないが、みんなでこの問題について真剣に考える必要があるだろう。日本の森の木を、無駄なく循環して使うことがどうみてもベストなことだと思うのだ。

かつて中国の四川省の山奥の村で、杉の原木を見た。
「この木は日本に行くんだ」とヒッチハイクした現地の運転手に聞いた。大量に伐採した木が日本で使われる。そのことによって雲南省と四川省の一帯は枯山になり、金沙江の透明な水が流れ、その土地でで生活する人達たちにも魚たちにも悪い影響を与えているという。何かがおかしいと思った。以来、雲杉の材料を見るたびに、僕はあの時の奇妙な違和感を思い出す。

再生していかなければ
ならないもの
かつて、日本の山に植えられた一本の木は、川を下り、長い長い筏(いかだ)の旅をして、一軒の家の中におさまっていた。ところが今、その過程があまりにも分化され、見えにくくなっている。その中で職人の技能も徐々に失われつつあり、それにともなって地についた人間の生活も見えなくなってしまった。
現在の林業の危機的状況や木造住宅低迷の大きな要因のひとつに山からまちまでの、この流れが分からなくなってしまったという現実が確かにあるだろう。


文明は驚くほどに進化した。輸送手段は高速化し、あらゆる意味で生活は便利になった。しかし、そのことによって本質不在の世界になったとも言えるのではないか。
こんなことは長く続かない。
ほんとうの豊かさ、ほんとうの木造の家の復権に思いを巡らそうではないか。
くどいようだが、そんな問題を、日本各地の山に持ち込んで、みんなで考えてみたいと近ごろ僕はいつも夢想している。
住まいの原点を、これからの方向性を、あらゆる専門領域を越えて検討し、山とまちの豊かな関わりを考えたい。われわれが再生していかなければならないものが、そこで必ず見えるはずである。
森の風景にも
新しい歳の風景にも
その土地土地で 脈々と生き続けている
田園の風景にも
僕たちの眼差しと体験は
同等に注がれる

しかし、どちらかといえば野趣を好み
木と遊びたい性質の僕たちは
等身大の人間の生活が
残されている場所に反応する

 

   
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